はじめに
友人との旅行や登山のはずが、気づけば「ただの観光」と「よくわからない疲れ」だけが残る。
相手に悪気はないのに、時間の使い方が合わなくてモヤモヤする──そんなことはありませんか。
本記事は、「登山に行くつもりで熊本に行ったのに、結局山に登れなかった」筆者の体験から、
時間リテラシーが合わない相手と旅をすると、なぜ芯が崩れてしまうのか、
そして、自分の時間とメンタルを守るためにどんな線を引けばいいのかを言語化したものです。
「誰と旅するかで毎回消耗してしまう人」「本当は目的のある旅がしたいのに流されてしまう人」が、
他人のせいにせずに自分の時間を取り戻すヒントとして読めるように書いています。
熊本に来た。でも山には登らなかった
熊本に来た。
登山のための旅だった。
天気も良く、季節もちょうどいい。
山道具はすべて揃っていたし、移動の段取りも問題なかった。
それなのに──
俺は、山には登らなかった。いや、正確には登れなかった。
一緒に動いていた相手がいた。
彼との時間は、ある意味で賑やかだった。笑いもあったし、場の空気が悪くなるようなこともなかった。
けれど──どこかで、決定的な“ズレ”を感じていた。
彼は無邪気だった。
目の前の食に、景色に、人とのやり取りに夢中で、時間が減っていくことにまったく無自覚だった。
まるで底が抜けた水瓶のように、何の留め具もなく、ただ時間が流れていった。
本人に悪気はない。むしろ、こちらを楽しませようとしてくれていた節もある。
でも、こちらには登山という“芯”があった。
その感覚が共有されないまま、昼が過ぎ、登山口へ向かうには遅すぎる時間となっていた。
芯が崩れていく感覚──それは静かに、しかし確実に胸の中に積もっていった。
時間リテラシーのズレは、旅の芯を喪失させる
このとき、頭に浮かんだ言葉がある。
時間リテラシー。
たとえば登山は、「何時に登り始めるか」がすべてを決める。
昼を過ぎれば危険が増し、行動できる範囲が狭まる。
下山の時間を考えれば、出発時刻から逆算することは必須だ。
でも、その感覚は万人に通じるものではない。
「せっかくだし、寄り道しよう」「まあ今日じゃなくてもいいか」
そうした言葉は、優しさのようでいて、ときに刃にもなる。
本人に悪気はない。ただ時間の“扱い方”が違うだけ。
時間に対する価値観がズレていると、行動のズレが生まれる。
そしてそのズレが旅の中核をじわじわと侵食していく。
旅の芯がどこにあるのか──そこを共有できないまま時間だけが過ぎていくと、
“とりあえず観光した”という記録だけが残り、体験の深みや達成感が置いてけぼりになる。
登山に行くつもりだったのに、気づけば観光地を歩いている。
そのことに対する喪失感は、言葉にしづらいほどに重かった。
誰かのせいにせず、自分の時間を取り戻す
最初はモヤモヤしていた。
「俺はなんで、山に登れなかったんだ?」
「もっと強く言えばよかったのか?」
「誰と動くかを間違えたのか?」
けれど時間が経つにつれて、少しずつ冷静になっていった。
この旅で失われたのは、「登山のチャンス」ではない。
自分の時間だった。
他人に合わせているうちに、判断の主導権が揺らいでいく。
「まあいいか」が重なることで、本来の目的がぼやけていく。
「流れに任せる」という言い訳で、時間を明け渡していたのは、自分だった。
ならば次は、線を引こうと思った。
- 芯のある旅(登山や撮影など目的が明確なもの)は、基本ひとりで行く
- 誰かと動くときは、“流される旅”と割り切る
- 出発時刻は厳守、妥協しない
- 時間リテラシーが大きく異なる相手とは、旅そのものを共にしない
自分の時間を、自分で守るという選択。
それは他者を責めることではなく、責任を引き受けるという態度だった。
時間は、芯のある人間にしか与えられない
熊本から帰ってきて数日、何度か同じ問いを反芻した。
「この旅で、何がいちばん悔しかったのか?」
観光できなかったことじゃない。
誰かとズレたことでもない。
ただ一つ──時間が、外因によって削られていったこと。
これに尽きる。
それは誰かのミスでも、天候のせいでもなく、
「芯を持たなかった自分の責任」でもあった。
人は、何かに“ただ乗り”するとき、時間の重みを感じにくくなる。
自分で目的を定め、自分で動いた時間だけが、濃度を持って残る。
時間は、芯のある人間にしか与えられない。
そう痛感した旅だった。
何を目的に、どう動くのか。
どんな時間を生きて、どんな経験を持ち帰るのか。
旅に限らず、日々の暮らしや仕事、創作もまた──
“時間の芯”を見失えば、たちまち空虚になる。
流される時間から、芯のある時間へ。
この旅の失敗が、そんな問い直しのきっかけになればと願って、筆を置く。
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