「看護師としての15年で一番つらかった夜」――最後の夜をどう看取るのか。夜勤看護師の判断

エッセイ|コラム

ある勤務での出来事が、今も胸に残っている。

◆ これは、現場で起きた「型」の話

いつも通りに情報を確認して入ったが、一人の患者さんの状態が明らかに悪化していた。呼吸は浅く不規則で、反応はほとんどない。高流量の酸素投与を続けても厳しい経過が見えた。

事前の治療方針(蘇生の可否)に関する記録が見当たらず、申し送りも十分ではなかった。
このままでは、誰も判断せず、誰も立ち会えないまま最期を迎える可能性がある——そう感じた。

私はすぐに上司へ報告し、医師にも連絡して指示を受けた。
結果として医師の判断により、その方は静かな看取りとなった。

◆ なぜ、確認が抜け落ちたのか


事前の意思確認が難しい状況で、記録や申し送りに揺らぎが生じていたのだと思う。だからといって曖昧にしてよい領域ではない。命に関わる判断が「誰かがやるだろう」で流れることの怖さを、あのとき強く実感した。

十数年の看護師人生でも、背筋が冷える感覚だった。

◆ 人として、看護師として

混沌や価値観のズレ、意思疎通の難しさがあっても、目の前の命に誠実でありたい。
もし報告をためらっていたら、その方は何もないまま最期を迎えたかもしれない——それは、自分には耐えがたいことだ。

◆ 現場の現実と向き合う

人員はぎりぎりで、アナログな運用も残る。複雑な管理と疲弊が重なると、責任の所在が曖昧になりやすい。だからこそ、**「空気で進めない」「主語をはっきりさせる」**を徹底したい。麻痺しないこと、それが自分の線引きだ.

◆ 最後に

今回の出来事を通して、自分の看護観をもう一度確かめた。厳しい環境でも、信じる“看護”を曲げない。
いつかこの記録が、誰かの勇気や選択の助けになればと思う。


※匿名性確保のため、複数の出来事を再構成し一部に創作要素を含みます。特定の個人・組織・患者を指すものではありません。


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