📘 孤岳05|40年かけて、ようやく本当の自分に戻ってきた話

エッセイ|コラム

社会の“普通”を、自分の“普通”やと思ってた

中学で不登校になったとき、

「これは俺やない」って感覚は確かにあった。

でも、そのままじゃ生きていけんと思ってた。

高校も通信にはいって、

バイトもすぐ辞めて、

“まとも”って言葉からは遠かった。

だからこそ、大人になって就職して、

看護師として現場で認められて、

人間関係もうまくまわせるようになって、

それが“正解”なんやと思ってた。

疑問も持たんかった。

「こういうもんやろ?」って、自分に言い聞かせてた。

でも今思うと、

それは自分で自分にかけた魔法やったんかもしれん。

ほんまの俺は、ずっと横で黙ってた。

ギターだけは、誰にも見せる必要がなかった

音楽だけはずっとやってた。

15年、相棒と組んで曲を作って、ステージに立って、

でも別に、それを“すごいこと”やとは思ってなかった。

評価されたいわけでもない。

売れたかったわけでもない。

ただ、ギターを弾く時間が、俺を保ってくれてた。

好きで、やりたくて、ただそれだけで続けてた。

なんで続けてこれたのか、説明なんかつかん。

でもたぶん、

唯一そこだけは、自分をごまかしてなかったんやと思う。

気づいたら、自分に戻ってこれてた

30代の後半から、登山を始めた。

身体を鍛え出した。

食事を整え、静かな時間を増やした。

🔹 恋人と別れたあと、夜勤明けに歩き出して、

🔹 そこからカリステニクスと出会った。

🔹 鉄棒にぶら下がって、懸垂して、地味なトレーニングを重ねて、

🔹 誰にも見られてへん場所で、少しずつ積み直していった。

誰かに認められたいわけでもなく、

ただ、自分をちゃんと“手入れ”してるような感覚やった。

少しずつ、余分なもんが落ちていって、

静かに、自分の輪郭が戻ってきた。

なにかに逆らったわけじゃない。

戦ったわけでもない。

ただ、“俺ってこうやったな”って、思い出していっただけや。

戻ってきた感覚は、

何かを掴んだってより、

「ようやく落ち着いた」って感じやった。

🔹 誰にも指図されず、誰かの期待も背負わず、

🔹 「今日やること」を自分で選べる日々。

🔹 その繰り返しのなかで、ようやく“俺”に戻ってこれた。

火は絶やさんかった。それがすべてや

振り返ってみれば、

ギターも、登山も、身体も、

誰に見せんでもええことばっかりやってきた。

でも、それが俺の芯を守ってくれてた。

うまくやれんかったことも多かった。

仕事では求められすぎて潰れそうになったし、

大切な人も守れんかった。

流されて、迷って、逃げたこともある。

でも、火は消さんかった。

細くても、ずっと灯してた。

そのことだけは、誇れる。

俺は戻ってきた。それだけでええ

すごい成功があったわけやない。

ドラマみたいな逆転劇もない。

でも、もう無理せんでええ。

比べんでええ。

何者かにならんでもええ。

俺は、ようやく「俺であること」に落ち着けた。

それだけで、十分や。

孤独にも耐えた。

火も絶やさんかった。

ここに立ってる今の俺が、ちゃんと証になってる。

🔹 静かに目を閉じて、自分の内側から湧いてくる音を聞く。

🔹 鉄棒にぶら下がって、朝焼けを待つ。

🔹 山の上で風に吹かれて、「これでええ」と思える。

静かに立ってるだけで、ええ。

この場所があれば、それでええ。

火はまだ、

静かに燃えている。

ここまで読んでくれて、ありがとう。

それだけで、

十分や。


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