📘 孤岳03|仕事ができるようになって、見えてきた“社会の理不尽”

エッセイ|コラム

看護師として、ちゃんとやれてた

現場に出て、最初はわからんことだらけやった。

でも、だんだん覚えてきた。

点滴、採血、ルート確保。

ドクターの処置介助も、やらせてもらうようになった。

できることが増えてきて、

「任せたら安心」って言われるようになった。

俺が日勤やったら、みんなちょっと安心した顔してた。

「今日は大丈夫やな」って。

正直、嫌じゃなかった。

ちゃんとやって、信頼されるのは気持ちよかった。

でも、なんか変やなって思い始めた

だんだん、しんどさが溜まってきた。

自分がリーダーでまわすことも増えて、

時間前に出て、段取りつけて、

フォローして、記録も書いて、

気づいたら一人で背負ってる感覚になってた。

「任される」って言葉の裏側に、

「押しつけられてる」が混ざってる感じがしてきた。

できるやつに偏る仕組み

ミスしない。早い。気が利く。

そうなると、「あいつにやらせとけ」になる。

フォローする側にまわってるうちはまだよかったけど、

いつしか、“いる前提”になっていった。

やらんやつは怒られん。

でも、やるやつはやって当然。

ミスが起きたら、俺の責任になる。

でも、感謝されるのは一瞬。

それが“仕事できるやつ”の扱いやった。

これはおかしいやろ、って思った。

頑張った先に、何があるん?

頑張ったら、しんどい。

頑張らんかったら、何も言われん。

ほんまにおかしい仕組みやと思った。

最初は「できるようになりたい」って気持ちがあったんやと思う。

でも気づいたら、それが自分を縛ってた。

「ちゃんとしなきゃ」って意識が強すぎて、

ほんまの気持ちとか、どっか置いてけぼりになってた。

なんか、報われへん感じが続いてた。

流れで結婚しようとしてた、あの頃の俺

その頃、彼女と結婚の話が出てた。

付き合いも長くて、自然な流れやった。

責任とるって、こういうことなんかなって思った。

でも正直、自分が本当に結婚したかったのかは、今でもわからん。

当時の俺は、調和を大事にしてた。

自分の気持ちよりも、「みんなが納得する形」が一番やって思ってた。

自分で選んでるつもりで、実際は流れに身を任せてただけやった。

それが“ちゃんとした大人”の選択やと信じてた。

彼女には子どもがいた。

俺にとってはそれも含めての彼女やったし、

一緒に生きていく覚悟もあったと思う。

でも、親はそれを受け入れられんかった。

誰も守れず、どこにも居場所がなくなった

「あんな人、自分の身内に紹介できん」

はっきり言われた。

怒鳴られるようなことはなかった。

でも、言い方がキツいとかそういう問題じゃなくて、

“情に訴えてくる重さ”があった。

「親を悲しませるな」「恥かかせるな」

そんな空気がじわじわと胸を圧迫してきた。

俺は彼女の気持ちをわかってた。

結婚したい、家族として生きたいって思ってくれてた。

でも、俺はそれを守りきれんかった。

親を前にして、気持ちを貫くことができなかった。

気づいたときには、

親の元にも、彼女の元にも居場所がなかった。

今ならわかる。

こんなふうに迷いながら、

「みんなのために」って自分を抑えてる男じゃ、

誰も幸せにできへん。

あの別れは、自分の弱さと向き合わされた出来事やった。

他人の期待に応えてただけかもしれん

あとになって思ったけど、

俺は自分のために頑張ってたつもりで、

実は「他人の期待」に応えてただけやったかもしれん。

怒られたくなくて。

「できないやつ」って思われたくなくて。

皆とうまくやれてたら、それでええと思ってた。

でもそれが、いつしかしんどくなってた。

そんな自分は、仕事の中でも滲み出ていた。

一日中、患者のために動いて、

スタッフの穴も埋めて、

うまく回るように頭使って、

でも、ふと気づくと「俺は何者やねん」って思ってた。

仕事自体は嫌いやない。

でも、この働き方は、俺の生き方とはちゃう。

それで、ほんまに納得できるんか。

そう思ったとき、初めて「働き方」だけやなく、

「生き方」そのものを考えるようになった。

カリステニクスと登山。自分を積み直した日々

恋人と別れたあと、

生活は静かやったはずやのに、

終わってみると何も残ってなかった。

身体も気持ちもたるんでて、

ただの空っぽやった。

夜勤明けに歩きはじめて、

そこからカリステニクスに出会った。

誰にも見られへんところで、

鉄棒にぶら下がって、懸垂して、

積み直す日々。

ただそれだけで、

自分を繋ぎ止めてた。

登山を始めたのは、もう少し前。

先輩に誘われて行った山で、

自然の中に立つ自分を見つけた気がした。

看護も、

音楽も、

登山も、

身体も、

ぜんぶ静かに、俺の中でつながってた。

社会の“当たり前”に、疑問を持ち始めた

ずっと「ちゃんとやる」ことが正しいと思ってた。

でも、それって誰が決めたん?

できるやつが損して、できんやつが守られて、

それってほんまに“正しい”んか?

この頃から、

社会の構造とか、常識とか、

そういうもんに疑問が出てきた。

「自分はどう生きたいんや?」って問いが、

だんだん心の中ででかくなってきた。

音楽もまだ、鳴ってた

仕事とは別に、音楽もずっとやってた。

ユニットで活動して、ステージにも立ってた。

でも、そこで表現してる俺と、

仕事で“ちゃんとしてる”俺が、

なんか違う人間みたいな気がしてきてた。

このまま二重生活を続けるんか?

どっちがほんまの俺なんや?

そういう問いが、はっきり見え始めてた。

静かに、自分の価値観が動き出した

誰かの期待に応えるんやなくて、

自分がほんまに大事にしたいもんってなんやろ。

それを考える時間が増えてきた。

音楽。登山。身体。

自分の時間。自分の在り方。

働き方。関係性。

まだ答えは出てなかったけど、

確実に何かが動き始めていた。

◇ 次の記事:📘 孤岳04|ずっと鳴っていた音楽。火を絶やさずにいた表現者としての俺

音楽だけは、消えなかった。
言葉にならないものを、
ギターと共に、静かに燃やし続けていた。
次は、表現者としての“俺”の話。

前回の記事:📘 孤岳02|看護の道へ。“かっこいい”だけで飛び込んだ俺の話

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