—— 苦しみと葛藤の末に、自分の人生が始まった話
はじめに
「何も考えない人って、幸福なんだろうか?」
そんな問いから、ひとつの思考が始まった。
何も深く考えず、流されるように生きるのか。
それとも、苦しみながらも自分自身と向き合い、内側から湧いてくる幸福を追いかけるのか。
これは、僕自身が40年かけて体感してきた人生そのものだと思った。
何も考えないことの幸福とは?
人に合わせて、社会に乗っかって、
「普通」に生きることで得られる安定と安心。
SNSでバズる、フォロワーが増える、
流行りに乗る、常識を守る——
そういうことで「一時的な満足感」は得られる。
でもそれは、外から与えられた快楽であって、
自分の中から湧いてくる喜びとは少し違う気がする。
僕自身も、他人軸で生きてきた
正直なところ、僕もかつては「他人軸」で生きていた。
職場や周囲の期待に応えすぎて、自分を消耗させてしまったこともあった。
自分の役割を過剰に引き受けて、勝手に背負い込み、
「こうあらねばならない」という責任感で心がすり減っていった。
でも、今になってはっきり思う。
あれは「生きていた」というより、「期待に応えていた」だけだった。
転機と、内なる幸福のはじまり
いろんな経験や失敗を通じて、僕は変わった。
いや、元から持っていた「自分らしさ」に戻ってきたのかもしれない。
ギターをずっと続けて、音に、タイムに、魂を込めてきたこと、仲間との感覚の違い
カリステニクスで身体と向き合い、自分の限界を越えようとした日々
登山やキャンプで、自然の厳しさと静けさに癒やされ、チーム山行での楽しさや軋轢を学んだこと
資産運用を通して、「自分の人生に責任を持つ」感覚を育ててきたこと
そして、こうした“技術”や“挑戦”だけではない。
人との関わりの中でも、深く揺さぶられる経験があった。
恋愛では、自分の未熟さと孤独をまざまざと見せつけられた。
思い通りにならない人の心。届かないもどかしさ。
どれだけ願っても、他人の心は変えられないという現実。
これは恋愛だけでなく多くの人間関係での学びでもあった。
そしてそこに向き合って、自分の在り方を見つめ直した。
看護師としては、人の命を扱う現場で、
倫理と現実のギャップ、組織の中の理不尽、
「できる人」に仕事が偏っていく絶望感と何度も対峙した。
頑張った人間ほど、壊れていく仕組みの中で、自分を守る術も学んだ。
そして友人や仲間達との関係でも、ぶつかり、離れ、誤解され、
人間関係が「正しさ」ではなく「相性」や「許容」でできていることを知った。
人と深く関わることの尊さと、しんどさを両方味わった。
こうして、痛みや矛盾や不条理のなかで、
自分の内側は少しずつ耕され、輪郭を持ち始めた。
40歳でようやく見えてきた「自分軸の幸福」
40になってやっと、「これが自分の人生だ」と言えるようになった。
誰に褒められなくても、自分が「これでええ」と思えたら、それで十分。
自分の軸で生きて、世間の“普通”や“当たり前”に縛られずに、「それ、本当に必要なんか?」って問い直すこと。
迷った日も、信じた道を歩いた日も、全部自分で選んだことなら、それを誇って生きていける。
もし悩みに潰れた夜があっても、
外に一歩も出られんような日があっても、
それでも向き合った自分は、確実に一歩進んでる。
誰か1人でも、僕の文章や活動に触れて、何かの火がついたらそれで十分。
自分がいいと思ったものをブログに書く。
SNSに投稿するのも、自己承認のためじゃない。
**「自分の価値を、自分の言葉で表現するため」**
おわりに
僕はもう、「何も考えない幸福」を選ぶことはない。
それはたしかに楽だけど、「自分が生きてる」という実感にはつながらないから。
苦しみながらでも、じっくり育ててきた内なる幸福。
それが、今の僕を支えてくれている。
誰に理解されなくてもいい。
でも、誰か1人でも、僕の生き方や価値観が心に触れて、
「生きるって、こういうことかもしれん」と思ってくれたら——それだけで価値があると思ってる。
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