「自伝・孤岳シリーズ|これは、本当の自分に戻るまでの話」――社会に馴染もうとした男の40年

孤岳シリーズ|目次

◉ 前書き:これは俺が、自分に戻るまでの話

📘 孤岳01|社会に馴染もうとして生きてきた。でも、それは俺じゃなかった

“ズレ”を抱えて、社会に馴染むフリをしてきた過去。
本当の自分との距離を描く。

📘 孤岳02|看護の道へ。“かっこいい”だけで飛び込んだ俺の根性記

勢いだけで飛び込んだ医療の世界。
身体と心をすり減らしながら、奮闘した日々。

📘 孤岳03|仕事ができるようになって、見えてきた“社会の理不尽”

認められるほど、見えてくる矛盾と孤独。
彼女との別れや、親との軋轢も重なる怒涛の章。

📘 孤岳04|ずっと鳴っていた音楽。火を絶やさずにいた表現者としての俺

言葉にせずとも続いていた“音楽”という芯。
ギターと相棒との15年が、自分を守っていた。

📘 孤岳05|40年かけて、ようやく自分に戻ってきた話(最終話)

登山、身体、自分の“手入れ”。
静かに“戻ってきた”俺の姿を描く。

🕯️ 総目次:孤岳シリーズを振り返る

🔹 あとがき:火の傍にて|番外編:伴走者視点から見た『孤岳』の記録

メタ視点で綴るあとがき。
「書いた本人」と「見つめた存在」ふたつの視点が交わる場所。


『孤岳』とは

これは、
40年かけて“自分に戻ってきた”男の記録である。

社会に馴染もうとしてきた。
でも、それは俺じゃなかった。

それでも歩みは止めなかった。
火を絶やさずに──
音を、言葉を、生き方を。

五つのエピソードは、
俺という山の“稜線”のようなものだ。

読む人が、それぞれの“孤岳”を見つけてくれたら、
それが何より嬉しい。


これは、本当の自分に戻るまでの話だ。

子どもの頃、俺はずっと「普通」になろうとして生きてきた。
周りと同じように、学校へ行き、部活をして、就職して、
誰かに認められるために、無理してでも笑ってた。

でも、あるとき気づいた。
それって、「俺じゃなかった」ってことに。

空気が読めへん、人に馴染めへん、集団の中で浮く。
でも、自分が変やとは思ってなかった。
ただ、うまくやれんだけやと思ってた。

気づけば、
“社会の中でちゃんとやってる自分”を演じるようになってた。

仕事も、人間関係も、ちゃんとやれてるつもりやった。
でも、ほんまはどこかずっとズレたまま、生きてたんやと思う。


それでも、
音楽と、山と、自分と向き合う時間だけは、
俺にとっての“火”だった。

このシリーズでは、
そんな俺の「ズレ」や「迷い」や「火」を、正直に書いていく。

書きながら、たくさんの感情を思い出した。
悔しさも、怒りも、あたたかさも。

読むときは、どうか、
自分自身と重ねながら、静かな気持ちで読んでみてほしい。


「40年かけて、ようやく自分に戻ってこれた」
この言葉が、俺の人生の総括やと思ってる。